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佐賀地方裁判所 昭和54年(ワ)213号 判決 1980年8月12日

原告

高嶋裕子

被告

西肥自動車株式会社

主文

被告は原告に対し、金二一一万五、二九八円及び内金一九一万五、二九八円に対する昭和五一年一一月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金四八四万一、一八七円及びこれに対する昭和五一年一一月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに敗訴の場合の仮執行免脱宣言を求めた。

第二当事者の主張

(一)  請求原因(原告)

一  原告は、昭和五一年一一月二三日午後二時三分頃、佐世保市早岐町四六二番地前国道を横断中、訴外井上一美運転の大型バス(佐世保二二か七九号)に衝突され、右下腿~足皮膚剥離創、左足指皮膚壊死、左足母趾開放骨折、頸部打撲の傷害を負い、入院一〇九日、通院五〇日(実日数一二日)の治療後、昭和五三年二月七日右下腿から足にかけての植皮痕創(醜状)、左母趾の趾節関節運動性欠除の後遺症が固定し、その後自賠責保険後遺障害等級一一級の査定をうけた。

二  被告は、右加害自動車の所有者であり、運行供用者であるので、自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。

三  本件事故による原告の損害は次のとおりである。

(1) 治療費 一〇四万七、四六〇円

(2) 入院雑費 六万五、四〇〇円

一日六〇〇円の割合による一〇九日分

(3) 付添看護料 六万八、〇〇〇円

入院付添一日二、〇〇〇円の割合による二八日分と通院付添一日一、〇〇〇円の割合による一二日分の合計額

(4) 通院費用 三万八、六四〇円

(5) 逸失利益 四一七万八、九九七円

原告は、本件事故当時六歳の女児であつたところ、前記一項記載の後遺症のため、将来に亘り労働能力の二〇パーセントを喪失したので、昭和五二年賃金センサスにおける企業規模計、学歴計の女子労働者の月額平均賃金九万四、七〇〇円を基準に、ホフマン方式により、一八歳以降就能可能年齢六七歳まで四九年間の右後遺症による逸失利益損害の総額を算出し、四一七万八、九九七円(94,700×12×0.2=227,280,227,280×18.387〔就労終期67歳までの年数61年(67-6)の係数27.602-就労始期18歳までの年数12年(18-6)の係数9.215〕=4,176,997,就労可能年数49年〔61-12〕)である。

(6) 慰謝料 三五〇万〇、〇〇〇円

原告は、本件事故のため入院一〇九日、通院五〇日(実日数一二日)の前記傷害を負い、且つ前記後遺症もあつて、将来の結婚、就職に重大な不利益があるほか、常に羞恥心を抱き、劣等感のため青春を謳歌することも不可能である。

(7) 弁護士費用 三〇万〇、〇〇〇円

(8) 過失相殺

前記(1)ないし(7)の損害合計は九一九万八、四九七円であるが、原告の過失を一〇パーセントとすれば、被告の賠償額は八二七万八、六四七円となる。

(9) 損害の一部填補 三四三万七、四六〇円

後遺障害保険金二二四万円、医療費一〇四万七、四六〇円、仮渡金一五万円

四  よつて、原告は被告に対し、前項(1)ないし(8)の損害八二七万八、六四七円から(9)の填補金を控除した残額四八四万一、一八七円及びこれに対する事故発生の日、昭和五一年一一月二三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  答弁(被告)

一  請求原因一のうち、原告の傷害、入通院、後遺症等は不知、その余は認める。

二  同二につき、被告が加害自動車の運行供用者であることは認める。

三  同三のうち、(4)の通院費用、(9)の損害の填補は認めるが、(1)ないし(3)は不知、(5)ないし(7)、及び(8)の過失相殺の割合をいずれも争う。

(三)  抗弁(被告)

一  本件事故は、原告が停車中の大型バスの後方から、同バスの反対車線を対面進行していた加害自動車の前面、制動距離内に飛び出してきたため発生したものであり、加害自動車の運転者である訴外井上一美にとつて不可抗力であつたといわなければならず、仮に同訴外人に僅かの過失があつたとしても、原告の過失に比較すれば極めて些細なものに過ぎない。

二  すなわち、本件事故当時、訴外井上一美は大型バスである加害自動車を時速約三五キロメートルの速度で運転しており、事故現場道路の摩擦係数が〇・五五ないし〇・七五、制動距離六・三ないし八・六メートル程度と考えられるので、空走時間を〇・八秒とした場合の空走距離七・八メートルを加えると、運転者が危険を感じてから停止するまでの走行距離は、一四・一ないし一六・四メートルということになる。

(1) しかるところ、本件で訴外井上一美が反対車線に停車中の同型の大型バスの後方から自己の進路に飛び出してくる被害者を発見後、衝突するまでの距離は僅か七・四メートルに過ぎず、同訴外人が右時点で被害者を発見したのでは到底事故を避け得なかつたものといわなければならず、衝突を避けるためには、衝突地点の一四・一ないし一六・四メートル手前で被害者を発見せねばならないこととなるが、その場所は加害自動車の運転席と反対車線に対面停車中の大型バスの運転席とが横に並ぶ位置である。

(2) しかし、本件事故現場の道路は、両車線の幅員を併せ六・五五メートル、片側幅員三メートル余に過ぎず、そこで幅二・四九メートルの大型バスが離合すると、両車両の間隔は三〇ないし四〇センチメートル程度であるから、このような道路状況のなかで、両車両の運転席が横に並ぶ位置にきたとき、反対車線に停車中のバスの直後方から飛び出す被害者を発見せよというのは、運転者に不可能を強いるものに等しく、訴外井上一美が現実に前記衝突地点の約七・四メートル手前で被害者を発見したのは、運転者としてなし得る最善の注意義務を尽した結果というべきである。

(3) また、訴外井上一美が被害者を発見後衝突地点までに停車できる程度の速度で運転しなければならなかつたとすれば、空走距離と制動距離の和が七・四メートル以下の速度、逆算して時速二〇キロメートル前後の速度しか出せないことになるところ、(イ)、事故現場の速度規制が最高時速四〇キロメートル、(ロ)、事故現場の道路が佐世保と長崎を結ぶ国道で、幹線として極めて交通量が多く、或いは、(ハ)、事故現場から五八・三メートルの地点には正規の横断歩道が設けられている、等本件事故現場の道路状況に照らし、右のような結論は到底妥当といい難い。

(4) なお、本件事故の際、加害自動車は、その右側面の前方、運転席の真横よりやや前方寄りの部分が被害者に衝突しており、従つて、本件事故が原告の飛び出しに起因するものであることは明らかである。

三  仮に、本件事故につき訴外井上一美に過失があつたとしても、本件の場合は、(イ)、事故現場の近くに、信号機の設置された横断歩道があるのにその横断歩道によらず、且つ現場が極めて交通量の多い幹線道路であるにも拘らず、停車中の大型バスの陰から、左右の安全確認をせず、飛び出していることや、(ロ)、保護者が同伴していたのに、監視を怠り、保護者としてなすべき注意義務を怠つていること等、被害者である原告側にも大きな過失が存するので、損害賠償額の算定に際し斟酌されるべきである。

(四)  抗弁事実に対する答弁(原告)

本件事故現場は、佐世保市早岐町の繁華街で、大型バスが離合するには狭い道路であり、しかも加害自動車である訴外井上一美運転の大型バスの前方に他の大型バスが対面停車中であつたのであるから、運転者たる同訴外人としては、右停車バスの後方確認ができない以上、警音器を吹鳴したり、減速度をすべき注意義務があつたというべきであり、本件事故は、同訴外人が右注意義務を怠り、漫然と時速三五キロメートルの速度で進行した過失により発生したものである。しかして、被害者である原告は、当時六歳の幼児であつたので、優者危険負担の原則よりして、双方の過失割合は訴外井上一美九対原告一が相当である。

第三証拠〔略〕

理由

請求原因一の事実は、そのうち原告の傷害、入通院、後遺症等を除き当事者間に争いがなく、同二のうち、被告が加害自動車の運行供用者であることも当事者間に争いがない。

被告は、本件事故が被害者である原告の飛び出しによるものであり、加害自動車の運転者、訴外井上一美にとつて不可抗力であつた旨主張するので、以下まずこの点について判断するに、成立に争いがない甲一号証ないし七号証、乙三号証、同四号証の一ないし八、証人井上一美の証言により成立を認める乙一号証、証人井上一美、同内川時雄の各証言、原告法定代理人高嶋茂生本人尋問の結果を総合すると、次のように認めることができる。

すなわち、本件事故現場は、長崎県佐世保市から長崎方面に向け、現場付近で略々南北に通ずる国道二〇五号線上、佐世保市早岐町四六二番地中山製材所前路上であること、そして、同所付近の道路は、車道の総幅員六・五五メートル、アスフアルト舗装で、中央線の表示により幅員三・二五メートルと三・三〇メートルの上下二車線に区分され、車道の両側に縁石による仕切りがあつて、その外側にそれぞれ幅一・三〇メートルと一・五五メートルの歩道が設けられていること、また、事故現場は、道路の両側に銀行や保険会社、文化会館等の立ち並ぶ街中であつて、衝突地点の道路東側に面して前記中山製材所があり、同製材所と道路を隔てた向う側、道路西側に面して、北行き路線バスの停留所、同製材所の北方二、三〇メートルの処、道路東側に面して、南行き路線バスの停留所(事故当時)がそれぞれ設置され、なお、事故現場の北方数拾メートルには信号機のある横断歩道があること、事故当時、訴外井上一美は、南行き路線バスである本件の加害自動車、幅二・四九メートル、高さ三・〇九メートル、長さ一〇・五八メートルの大型バスを運転し、右中山製材所北方の停留所を南方に向け発進後、時速約三五キロメートルの速度で事故現場にさしかかり、折から右製材所向い側、北行き路線バスの停留所に停車していた同型の大型バスと離合する形で、その側方(東側)を通過しようとしたこと、一方、原告は、昭和四四年一二月二六日生まれ、事故当時満六歳の女児であり、当日、父高嶋茂生に伴われて、親戚の右中山製材所を訪ね、同製材所と道路を隔てた西側で用事を済ませた父親と共に、道路を横断して同製材所に戻ろうとし、偶々、右北行き路線バスの停留所に停車していた大型バスの後方四、五メートルの歩道に並んでいるうち、父親が背後(西方)に気をとられている隙に、一人で小走りに東方へ横断を始めたこと、訴外井上一美は、前記停車中の北行き路線バスの東側々方を通過しようとし、同バスの車体を半分以上過ぎた頃、偶々発進した同バスの後方数メートル、自己の右斜め前方約八・二〇メートルの地点に、自車の進路前方を横断するため小走りに飛び出している原告を発見し、直ちに急停車の措置をとつたが及ばず、右前輪のスリツプ痕がつき始めて間もなく、発見から約八・四メートルの地点で、車体右側面の最前方、運転席のやや前あたりを原告に衝突させ、衝突後更に約四・六メートルに前進して停止したこと、原告は、右のとおり、急制動により速度を落し、スリツプしながら停車しようとする加害自動車右側面の最前方に衝突し、その後、加害自動車が停止するまでの間に、下半身を車体の右前方に捲き込まれて転倒し、加害自動車の停止地点でその右前輪により、膝関節より下方の部分を僅かに敷かれた状況になつたこと、及び、訴外井上一美は、本件事故により昭和五二年一月三一日佐世保簡易裁判所で罰金三万円に処せられたこと、以上のように認めるのが相当であり、右認定に反する証拠は存しない。

右認定した事実によれば、本件事故の発生については、停車中のバスの後方から加害自動車の進路前方に走り出た被害者である原告の行為が重要といわなければならず、原告が左右の安全確認をしていないと考えられることや、横断歩道でない処を横断しようとしたこと、原告の父親が居合せながら右のように危険な横断を阻止できなかつたこと等、被害者側に多くの過失があると認められるけれども、運転者である訴外井上一美についてみても、被害者が停車中のバスの後方から飛び出しているため、時速三五キロメートルの速度を前提にする限り、停車距離以前で事前に被害者を発見することが難しかつたであろうことは被告主張のとおりであるが、本件事故現場が幅員の狭い街中の道路であつて、歩車道の区分があるとはいえ、人車の往来が激しい場所であることを考えれば、停留所に停車中の路線バスの後方の安全確認ができない以上、不測の事態に備えて減速し、或いは適宜警音器を吹鳴する等の注意義務があるというべきであり、このことは、現場付近の速度規制が最高時速四〇キロメートルであることや、現場の道路が幹線国道であること等被告主張の各事情を考慮にいれても、その結論を左右するに足りないと解せられる。

してみると、本件の場合、幸い、辛うじて轢過を阻止し得たとはいえ、訴外井上一美につき、右の点でなお注意義務の履行に不十分な点があつたということができ、そうすれば、運転者である同訴外人の無過失を前提とする被告の主張は採用することができないので、進んで、本件事故による原告の損害について判断するに、原告の損害に関する主張のうち、請求原因三、(4)、の通院交通費三万八、六四〇円と、(9)、の損害の一部填補三四三万七、四六〇円は当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲八号証ないし一九号証、同二〇号証の一ないし三、検証並びに原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故のため、右下腿~足皮膚剥脱創、皮膚壊死、左足背皮膚壊死、左母趾開放骨折、頭部打撲等の傷害を負い、事故当日の昭和五一年一一月二三日三川内病院、翌二四日から昭和五二年一月一八日までと昭和五二年八月一〇日から昭和五二年一〇月一日までの一〇九日間、佐世保市立総合病院にそれぞれ入院、昭和五二年一月一九日から昭和五三年二月七日までの間、実日数一二日同市立総合病院に通院して治療をうけ、その後、右下腿から足にかけ著しい醜状瘢痕、左大腿部に植皮整形のための瘢痕、左母趾の趾節関運動性欠除による用廃等の後遺症が固定し、自賠責保険で後遺障害等級併合一一級の査定をうけたこと、そして、(1)、右治療費が合計一〇四万七、四六〇円であり、(2)、入院雑費が一日六〇〇円の割合による主張の一〇九日分、六万五、四〇〇円を下らず、(3)、右三川内病院と佐世保市立総合病院に入院中、昭和五一年一二月二〇日までの二八日間、当初歩行不能であつたことや児童であつたこと等から付添看護を要し、その費用が一日二、〇〇〇円の割合による五万六、〇〇〇円、その後実日数一二日の通院につき、同様に一日一、〇〇〇円の割合による一万二、〇〇〇円の通院付添看護料が相当であり、合計六万八、〇〇〇円であること、以上のように認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

次に、(5)、前記自賠責保険後遺障害等級併合一一級の後遺症による原告の逸失利益損害については、右後遺症による労働能力喪失割合を二〇パーセントとし、主張のように、事故当時満六歳の原告が満一八歳から六七歳まで四九年稼働するものとして、主張の昭和五二年賃金センサス第一巻第一表(抜すい)における、企業規模計、新高卒、女子労働者の年齢計平均月額給与一〇万六、三〇〇円、年間賞与等三三万二、二〇〇円であること、当裁判所に顕著な事実であるから、右年収合計一六〇万七、八〇〇円(106,300×12+332,200=1,607,800)を基準に、ホフマン方式によりその逸失利益総額の現価を算出すると、五九一万二、三九五円{1,607,800×0.2×(27.6017〔67-6=61年の係数〕-9.2151〔18-6=12年の係数〕)=5,912,395}となる。

従つて、以上の損害は、(1)、治療費一〇四万七、四六〇円、(2)、入院雑費六万五、四〇〇円、(3)、付添看護料六万八、〇〇〇円、(4)、通院交通費三万八、六四〇円、(5)、逸失利益五九一万二、三九五円、合計七一三万一、八九五円であるところ、前に説明した本件事故時の状況によれば、本件事故の発生については、被害者である原告側にも多大の過失が存するといわなければならず、運転者たる訴外井上一美との過失割合は、原告六対訴外人四とするのが相当と考えられるので、この被害者側の過失を斟酌すると、右損害のうち被告の負担すべき額は二八五万二、七五八円(7,131,895×0.4=2,852,758)である。

次に、(6)、原告が本件事故による傷害、後遺症等のため非常な肉体的、精神的苦痛を被つていることは明らかであるが、その慰謝料の額については、傷害の部位、程度、入通院の期間、後遺症の内容、程度、及び原告主張のような事情等と共に、前記原告側の過失並びに加害自動車運転者との過失割合、その他本件に表われた一切の事情を総合して、傷害分一〇〇万円、後遺症分一五〇万円、合計二五〇万円と認めるのが相当であり、また、(7)、原告が負担する弁護士費用についても、本件訴訟の経緯、後記認容額その他を考慮し、うち二〇万円を被告に帰せしめるべき通常損害として認めることとする。

そこで、被告の負担すべき損害額は、結局、前記二八五万二、七五八円に右慰謝料二五〇万円と弁護士費用二〇万円を併せ、五五五万二、七五八円になるところ、(9)、原告が内金三四三万七、四六〇円の填補をうけたことは当事者間に争いがないので、これを弁護士費用以外に充当し、差引き残額が二一一万五、二九八円、うち弁護士費用二〇万円となる。

よつて、原告の本訴請求は、被告に対し右残額二一一万五、二九八円及びうち弁護士費用を除く一九一万五、二九八円に対する本件事故発生の日、昭和五一年一一月二三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、右部分の請求を認容すべく、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言は不相当と認め付さないことにして、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和)

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